働く

労働は義務である。
義務であるけれど、働くことが嫌になることがある。逆に働くのが好きというか、働きたいと思うこともある。
働くとはその字のごとく人が動くことだ。仕事として労力を提供してお金をもらうことだけが働くことではない。
日々、家の家事をしたり掃除をしたり、草むしりをすることだって働くことだ。
ただ働くという言葉には、なんとなく「やらなければならない」義務感がつきまとうのは何故だろう。世の中働かないと、まわっていかないことは多くある。自動的に動くだけではなく、行動することでものごとを動かしていくことの両面を持って働くということになるのかもしれない。
働くことの反意語はなんであろう。休むか、遊ぶか。労働の後には休憩が必要だから、休むが正解か。休んでいる間、遊ぼうが何をしようかは、人それぞれだから。
昔は小さい頃から働くことが当たり前。今は社会人になっても働かない人もいる世の中。おそらく昔といってもそんなに遠い昔ではないはずなのに、この差は何なのであろうか。
働くことに楽しみを見いだせる人は人生そのものが楽しいかもしれない。反対に苦痛以外のなにものでもなければ、人生そのものは苦しいだけで終わるのかもしれない。
一生働かないで終える人も、この広い世の中にはいることであろう。逆に、一生朝から晩まで働きづめでへとへとになって人生を終える人もいるだろう。
そんな世の中は不公平なのだろうか。働くことを知らないことと、知っている人とどちらがいいのか。苦しいことがあるから、楽しいことがあれば、そのうれしさが倍増する。
苦しさを知らなければ、楽だけを追い求めてしまったら、何に感謝して生きればいいのだろう。
楽をしたいと思うのは人間の性であると思う。私もできれば楽をしたい。でもなかなか楽できないのだ。生きるために、明日を迎えるために、日々働く。いろんな意味で働く。

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